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『ただひとつのBucket List』

 

   英語で「死ぬ」ということを普通は「Die」だが、他にユニークな表現で「Kick the Bucket(バケツを蹴飛ばす)」というのもあり、俗語で「くたばる」くらいの意味であり、語源まで辿ると、あまりよろしくないのだが、ともかくそういう表現がある。それで、そこから「Bucket List」という言葉も生まれた。「死ぬまでにしたいことリスト」くらいの意味だろう。実はこの「The Bucket List」がタイトルになっている映画がある。モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンの二大スターが共演した映画で、なかなか面白い作品である。この秋に「最高の人生の見つけ方」(どうも邦題のつけ方が残念な気がするのだが…)という邦題で、こちらも日本の二大スターといえる吉永小百合と天海祐希が主演するそうだ。

   フリーマンが演じるごく普通の自動車整備工場勤務のカーターと、ニコルソン演じる大金持ちのエドワード。社会での立場は大きく違うのだが、共通したことが起きる。それが、「余命宣告」。あと6か月の命と言い渡されるのだ。病院でひょんなことから同室になってしまった二人だが、ある時エドワードはカーターが書いた「Bucket List」を見つける。そこには10のリストがあるのだが、どれもユニークなものだった。例えば「スカイダイビングをする」「ピラミッドを見る」「刺青を彫る」「香港に行く」「泣くほど笑う」「世界一の美女にキスをする」「見ず知らず人に親切にする」などなど。それらを見られ当惑するカーターだが、大富豪のエドワードは「じゃあ、それを一緒にかなえよう」と、とうとうこの二人の末期がん患者は旅に出る。そして一つひとつ、時には意外な方法でそのリストを実行していくのだ。(ラストシーンはこれからご覧の方々のために伏せておくが…)人生の最後の時に、何を思うか。「My Bucket List」は達成できるだろうか…。「ああ、こうしておけばよかった」というような後悔はしないだろうか。そんなことを考えさせられる作品であった。

   オーストラリアの女性で、終末期の患者のケアをし、多くの人を看取ってきたブロニー・ウェア氏が「死ぬ瞬間の5つの後悔(邦題)」という本を書いた。その5つは「自分に正直に生きればよかった」「働きすぎなければよかった」「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」「友人と連絡を取り続ければよかった」「幸せになることを諦めなければよかった」というものであるそうだ。他人事には思えないものもある。死を前にして後悔しないように生きたい。だから、その時までにこんなことをしておきたい。そんな思いが生まれてきても不思議ではないし、良いことでもあると感じる。自暴自棄になってしまうよりは前向きな生き方、死に方であるとも思う。さて、自分はどうだろうかと考えてみることも大切なことだろう。あなたならばいかがか。

   そう考える中で、聖書に目を向けてみる。新約聖書のヨハネの福音書13章1節にこうある。「さて、過越(すぎこし)の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された(新改訳2017より引用)」十字架にかかる前の晩、弟子たちと最後の食事をする中で、イエスは下僕のごとく彼らの汚れた足を洗った。その中には、これから自分を裏切るユダさえいたのだが、ひとり一人ていねいにご自身の手を汚し、洗われたのだった。「最後まで愛された」という表現は、別の訳では「愛を残るところなく示された」というものもあり「この上なく愛し抜かれた」という表現もある。突き抜けた愛であり、貫かれた愛である。途中で愛することをやめなかったのだ。ご自分を裏切るような者がいても、あれだけ愛されながら、否定してしまうような者がいても、それでも途中であきらめて投げ出してしまうことはなかった。翌日、午後三時ごろカルバリ山の十字架にかけられ、苦しみぬいたその後、こう叫ばれた。「テテレスタイ」。「成し遂げられた、完了した」という意味である。そう、イエスの愛が最後まで貫かれた時だった。どうしようもない罪人の救いのために、罪なき神の御子イエス・キリストが十字架で命をささげてくださった。本当は、罪を犯してしまった者が償わなければならない。他でもない、私たち自身がその罪人であり、善人を装ってみても、誰も知らない過去や、自分の心の内を見つめなおせばそれを否定することはできない。そんな者であるにもかかわらず、なお逆らう者、無視する者、否定する者、言い訳を並べ立てる者であるにもかかわらず、イエスは愛してくださった。そんな私たちが、少しはましになり、イエスに対してよい反応をし、善行をすることができるように変わったからではない。まだ罪人である時に、イエスの愛は貫かれたのだ。

  この愛を受け止め、イエスの償いによって、神の裁きである永遠の滅びから救われるために、私たちは何をしなければならないのか。さぞ努力をしなければならないと思うだろう。しかし、そう多くはない。いや、一つである。ただ、愛していただくことである。そのイエスの愛を「ありがとうございます」といって受け止めることである。「こんな罪人である私です。でも今その罪をおわびします。そしてそんな私をも愛してくださる神の御子イエス・キリストを私の救い主として信じます」と祈るだけである。その時、イエスの愛はあなたの内で実を結ぶのである。

  「The Bucket List」。カーターのものでもエドワードのものでも、あなたのものでもない。イエス・キリストのリスト。そこに記されているのは、ただ一つ「最後まで愛を貫くこと」。私たちの今までがどうであれ、これからがどうであれ、イエスの愛は変わらない。だからこそ、まだ間に合う間に、その時に後悔しないように、あなたの「My Bucket List」に、まだなければ付け加えてほしい。「イエスの愛を受け止める」と。

 

2019年9月4日

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